登山家・栗城史多がエベレストで死亡・・・9本の指を失った男の伝説!

エベレスト登頂に挑戦していた登山家・栗城史多が死去したことがわかりました。


過去7回もエベレスト登頂に挑戦し、9本の指を失った登山家の伝説とはどんなものだったのでしょうか。

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エベレスト登頂中に死去





引用;wikipedia


21日朝、登山家の栗城史多がエベレストのキャンプ2で死亡していると、海外メディアが報じました。

Japanese climber Nobukazu Kuriki has been found dead at Camp II on Mt Everest this morning, multiple sources at the Mt Everest base camp confirmed.

Sherpa climbers found the 36-year-old Japanese alpinist dead in his camp, a base camp officer told THT over phone. Efforts are underway to airlift Kuriki’s body from the high camp, he added

・和訳
今朝、エベレスト山のキャンプIIで、日本の登山家の栗城史多さんが死亡していることが確認され、エベレストのベースキャンプで複数の情報源が確認されました。

シェパの登山家は、キャンプで死んだ36歳の日本人アルピニストを見つけました。ベースキャンプオフィサーは電話でTHTに語った。 ハイキャンプから栗木の身体を空輸する努力が進められている、と彼は付け加えた。)

引用;The Himalayan Times


非常に残念ですね・・・


栗城が死去する直前にブログで、体調が悪く下山することが中継班から報告されています。

(栗城中継班より)
栗城は体調が悪く、7400m地点から下山することになりました。

今後の行動は未定で、栗城が無事に下山して状況がわかり次第、お知らせいたします。

皆様からの応援、本当にありがとうございます。

引用;栗城史多オフィシャルブログ


下山途中に命を落とした可能性がありますね。


登頂している時から無茶していたのでしょうか・・・


その後、ブログで栗城の死亡が報告されました。

このようなお知らせになり大変申し訳ございませんが、
エベレストで下山途中の栗城が遺体となり発見されました。

下山を始めた栗城が無線連絡に全く反応しなくなり、
暗い中で下から見て栗城のヘッドランプも見当たらないことから
キャンプ2近くの撮影隊が栗城のルートを登って捜索し、
先ほど低体温で息絶えた栗城を発見いたしました。

生きて帰ることを誓っておりましたのに、
このような結果になり大変申し訳ございません。

生きて帰るため執着しないと誓っておりましたのに、
最後に執着してしまったのかもしれません。

皆様へのご報告が遅くなりなりましたこと、
心よりお詫び申し上げます。

何m地点で発見されたかなど
これ以上の詳細が日本でわからず大変恐縮ですが、
またわかり次第お知らせ申し上げます。

これまで栗城を応援していただき、本当にありがとうございました。

引用;栗城史多オフィシャルブログ


残念という思いがものすごく伝わってきます・・・

栗城史多のプロフィール





引用;栗城史多オフィシャルブログ


そんな栗城史多のプロフィールはこちらです。

  • 名前:栗城史多(くりきのぶかず)
  • 生年月日: 1982年6月9日(35歳)
  • 出身:北海道瀬棚郡今金町
  • 2004年6月12日17時10分 – マッキンリー(北米最高峰 標高6,194m)登頂。
  • 2005年1月 – アコンカグア(南米最高峰 6,959m)登頂
  • 6月 – エルブルース(ヨーロッパ最高峰 5,642m)登頂
  • 10月 – キリマンジャロ(アフリカ最高峰 5,895m)登頂
  • 2006年10月 – カルステンツ・ピラミッド(オセアニア最高峰 4,884m)登頂
  • 2007年5月 – チョ・オユー(世界第6位高峰 8,201m)登頂
  • 2008年10月 – マナスル(世界第7位高峰 8,163m)に「無酸素」「単独」登頂
  • 2009年5月 – ダウラギリ(世界第8位高峰 8,167m)登頂
  • 2014年7月24日 – ブロード・ピーク(世界第12位高峰 8,047m)登頂。



数多くの山々の登頂に成功し、その模様を「冒険の共有」としてインターネット中継するなどかなり精力的に登山を行っていたようです。


また、「元ニート」と名乗っていたそうですが、これはあくまでキャラクター作りのための設定なんだそう。

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栗城史多の伝説





引用;音楽ナタリー


栗城は登頂成功もあれば、登頂失敗も数多くあります。


その中で、2012年にエベレスト登頂に挑戦した際、下山途中で両手・両足・鼻が重度の凍傷となり結果的に両手9本の指を切断することになりました。


その状態にもかかわらず、その後も今回含めて何度もエベレスト登頂など登山を続けていたのです!


常識的に考えて不可能ですよね。


また、栗城はベースキャンプから一人で登る「単独」と8000m以上の高峰に酸素ボンベを使用しないで登る「無酸素」での登頂にこだわっています。


その無謀さに登山家から批判や疑問の声もあったようですが、栗城は最後までそのこだわりを貫いていたようです。


ある意味男の中の男だったかもしれませんね。


AbemaTVで生中継する予定だった・・・





栗城史多の8度目のエベレスト登頂は、実はAbemaTVで生中継される予定でした。

  • 番組名:生中継!9本の指を失った登山家・栗城史多 エベレスト8度目の挑戦
  • 番組概要:登山家・栗城史多がエベレスト8度目の挑戦へ!これまで、2009年9月、2010年10月、2011年10月、2012年10月、2015年10月など7度にわたってエベレストに挑戦するも登頂には至っておらず、2012年の下山途中で両手、両足、鼻が重度の凍傷となり、両手9本の指を失っている。

    8度目となる今回は、果たして登頂成功なるか!?



番組HP


登山の魅力を多くの方に知ってもらいたかったのでしょうね。


ただ、主役である栗城が死亡してしまったので、番組はおそらく中止になるでしょう。


番組スタッフや楽しみにしてた人からすれば残念ですね・・・

ネットの反応







やはり突然の死に驚く人が多いようです。


登山家の間では何かとお騒がせで、いろいろと言われていたかもしれませんが、彼の諦めない勇気と冒険心は光るものがあったのではないでしょうか。


結局エベレスト登頂を果たすことができずに逝ってしまったのは残念です・・・


謹んでお悔やみ申し上げます。

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